第19話

​「集結」

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 〈ナンバーズ〉。それは己が名を棄てた戦士たちへ〈ジョーカー〉が与えた称号である。〈協会〉公認の徽章を持たず、非合法な活動へ従事する〈闇メイド〉たち——ひとは彼女らをそう呼ぶが、しかし〈ナンバーズ〉の面々の認識は異なる。

 我々は戦士だ。己が能力を〈ジョーカー〉に見出された歴戦の勇士だ。または、社会の枠から爪弾きにされた者たちからなる〈復讐者(アヴェンジャー)〉の兵団だ。〈ナンバーズ〉の面々はそうした自負を胸に、勇躍ロンドンへと帰還を果たした。ただひとつ、一心不乱の大闘争を戦うために——。

 〈ナンバーズ〉の面々には、それぞれ一枚のカードが名刺がわりに配られている。個々の識別呼称(コードネーム)を示すトランプのカードだ。彼女たちはカードの図柄に応じ、以下のような名前で呼ばれている。

 

 〈エース〉——本名、アビゲイル・アークライト。ベルファスト出身の十七歳。

 〈ツー〉——本名、ローザ・フロイデンタール。ザルツブルク出身の十一歳。

 〈スリー〉——本名、モニカ・ジャイルズ。ブリストル出身の十四歳。

 〈フォー〉——本名、リリアーヌ・デトゥーシュ。リール出身の十三歳。

 〈ファイブ〉——本名、ソフィア・ルジッチ。トランシルヴァニア出身の十六歳。

 〈シックス〉——本名、ロレッタ・チェンチ。ローマ出身の十五歳。

 〈セブン〉——本名、ザキーヤ・アヴドゥル・フセイン。リヴァプール出身の十五歳。

 〈エイト〉——本名、フェン・ウェイリー。広州出身の十四歳。

 〈ナイン〉——本名、トレイシー・ベッドフォード。グラスゴー出身の十六歳。

 〈テン〉——本名、オルガ・J・エインフェリア。シチリア出身の十五歳。

 

 彼女ら十人の戦士たちを率いるのは〈ジョーカー〉、〈キング〉、〈クイーン〉、〈ジャック〉と呼ばれる四人の幹部だ。一騎当千の強者たる彼女たちが〈エース〉以下十人の〈闇メイド〉を歴戦の戦士へと鍛え上げ、〈ナンバーズ〉を規律ある兵団として統率する。その練度が寄せ集めの〈闇メイド〉集団ではあり得ない域にまで到達していることは、もはやいうまでもないだろう。

 そんな〈ナンバーズ〉の面々たる〈ツー〉から〈テン〉までの十人は、テムズ河畔の議事堂内部、貴族院会議場の大広間へと集結していた。皆が皆、揃って漆黒の軍服のようなデザインをした、揃いのメイド服に身を包んでいる。何かを待ち侘びているかのような面持ちをした彼女たちは、そこらの椅子へ腰掛ける者、机や壁に寄りかかる者、手もとの本に目を落とす者など、さまざまな様子で時間を潰しているようだった。

 

「しっかし、これが貴族院議長サマの椅子ってか。金持ちの椅子ってのは良いつくりしてるねぇー」

 

 議会の壇上にあって、瀟洒かつ仰々しいつくりの椅子へ腰掛けた〈シックス〉が言った。痩身、猫背、陰気そのものといった目の周りの隈。そうした彼女をなす外見的特徴は、ウェストミンスター寺院で議員を襲撃したときと変わりない。

 

「大陸出身のあたしに言わせりゃ、ファルテシアは貧富の差が激しすぎるんだよ」

 

 椅子の上であぐらをかく〈シックス〉の態度を一瞥し、〈フォー〉が言った。まだ幼さを残す顔つきや身体つき、銀色に近いショートボブの髪が印象的な少女だったが、改造品の弓やブラウンベス・マスケット銃を整備する手つきの精確さは熟練の猟師さながらだ。〈フォー〉の特技は狩猟である。彼女は狙撃の名手なのだ。

 

「貧富の差ってやつはガキのころ貧民窟にいたとき充分ってほど味わったさ。貧者の餓えや苦しみを金持ち野郎どものケツの奥まで教え込んでやりてぇって思ったことも、数知れねぇ」

 

 下卑た言い回しとともに苦笑を洩らすのは、〈フォー〉の髪へ手慰みとばかりに編み込みを作っている〈スリー〉であった。大人びた顔つきと身体つき、アップにまとめた赤髪と顔のそばかすが印象的であるが、〈ナイン〉に蹴られた鼻頭の手当ての痕跡が何とも痛々しげな様子である。

 

「そうデス! これは貧者たちによる闘争デス! いまこそ貧しい者たちが決起し、忌々しい貴族政治を拳でもって打倒するのデス! 今宵は革命の夜デス!」

 

 議場の机に威勢良く片足を掛けた〈セブン〉が鼻息も荒く宣言した。中東系の顔立ちに褐色の肌、歳不相応な色香さえ感じさせる艶やかさを湛えた長い黒髪、細く筋肉質な肢体が目を惹く彼女は〈自称:忍者〉だ。〈ナンバーズ〉謹製のメイド服と使い込まれた日本刀とシャルルヴィル・マスケット銃を背負った出で立ちは、何とも奇妙な取り合わせという他なかったが、全身に仕込んだ各種殺傷用暗器や組手甲冑術、古式柔術を使いこなす彼女の実力は本物だ。

 

「貴族との階級闘争がやりたいならあんたひとりでやりなさいよ。〈ジョーカー〉に言われた目的とは違うでしょうが」

 

 曰く神経質そうな声音を上げたのは、〈セブン〉の傍らに佇む〈エイト〉だった。アジア系の整った顔つき、毛先を紅く染めた二つ括りの黒髪に、こちらも筋肉質な身体をした彼女は、正真正銘南派少林拳の武僧を実父に持つ元・清国からの特待留学生だ。〈エイト〉は〈セブン〉とコンビを組んで偵察任務に就くのが常であったが、短絡思考で先走りがちな〈セブン〉と頭が回るタイプの〈エイト〉の組合せにあっては、こうして衝突することもしばしばであった。

 

「兵士たちの決起はあくまで状況のお膳立てにすぎない。私たちの本当の目的は、もっと他にあるでしょう?」

「オ? 本当の目的? エット、それって何でしたっけ……?」

 

 〈セブン〉は〈エイト〉の問いかけに小首をかしげる。本当に分からないとでも言いたげな表情であった。〈エイト〉は思わず舌打ちを洩らす。

 

「あんた本っ当にバカね! おつむちゃんとついてるの? 頭振ったらカラカラって音がしないかしら!? 顔だけは良いくせに、中身の脳みそ小っちゃそうですものねぇ!?」

「オワッ!? やめてくだサイ! 暴力反対デス! アッー! やめて! ワタシのさらさらストレートヘアーが!」

 

 〈エイト〉は持ち前の握力で〈セブン〉の頭を両手で掴み、前後左右にわしわしと揺らす。それに全力で抵抗する〈セブン〉は涙目で抗議をするのであった。

 

「あ、あの……! ふたりとも、喧嘩はやめてください!」

 

 〈ファイブ〉の膝の上に収まっていた〈ツー〉が身を乗り出しながら声を上げる。小柄で華奢な、曰くいいがたい儚さと気品を漂わせた金髪の少女であった。荒事に長けた〈ナンバーズ〉においては異質なまでの出で立ちである。〈ツー〉が抱えているのは大きな金属製の鳥籠で、中に収まったカラスが揺れに驚き羽根をばたつかせながらカァと啼いた。

 

「ほっといても大丈夫……いつものことだよ……」

 

 〈ツー〉の頭を撫でてやりながら〈ファイブ〉が言った。赤い瞳に血の気のない肌、黒々とした長い髪、そして一九〇センチ超はあろうかという身の丈は、やはりウェストミンスター寺院で議員を襲撃したときと変わりない。

 

「どうでもいいけどさぁ」

 

 議場の入口方向から声が上がった。〈ナイン〉の声だ。

 

「〈ジョーカー〉たちはまだなのかしら……待ちくたびれて退屈しちゃう」

 

 〈ナイン〉は艶ぼくろのある目元を凶悪に細め、普段は議員たちが使っているテーブルに己の体重を預けている。彼女のブルネットの髪や頬、そしてメイド服に付着した返り血は議事堂を守る衛兵たちを殺害した際のものに相違ない。〈ナイン〉は血に飢えていた。腰に佩(は)く大振りのバスタード・ソードを抜きたくて仕方がないのだ。

 

「まったく、本当に我が儘(わがまま)なお嬢さんだ。主人に命じられるまま『待て』をするのは、猟犬たる我々の役目だろうに……」

 

 続いて聞こえてきたのは〈テン〉の声だ。彼女はシェイクスピアの本を卓上に置くと〈ナイン〉のもとへ歩み寄り、その顔に付着した血をハンカチで拭った。実に気品溢れる所作であった。歌劇の男役じみた顔立ちに、ミドルカットにした紫の癖毛と細く引き締まった体躯も相俟って、その振る舞いは実に王子様然としている。

 

「淑女たるもの、身だしなみに対する気遣いを忘れては駄目だ。わかったね、トレイシー」

 

 〈テン〉から「トレイシー」と呼ばれた瞬間、〈ナイン〉はわずかに上気した表情を覗かせた。〈ナイン〉は〈テン〉のことをコードネームではなく「オルガ」と呼び、また〈テン〉は〈ナイン〉のことを「トレイシー」と呼ぶ。二人は部隊の中にあって『特別な間柄』にあると専らの噂であった。

 と、そのとき。議場入口の扉が開け放たれる音が響いた。その場に集った九人の〈闇メイド〉たちは一斉に音のした方へと視線を向ける。そこには〈ジョーカー〉を筆頭として、〈キング〉、〈クイーン〉、〈ジャック〉ら幹部とともに、囚われの身から解放された〈エース〉の姿もあったのだ。

 

「諸君、待たせて済まない——」

 

 〈ジョーカー〉が言った。その声に全員が立ち上がり、傾注する。あの制御不能な〈ナイン〉でさえも。

 

「ジョーカー」

「ジョーカー!」

「待ってたぜ! ジョーカー!」

 

 皆が皆、口々にジョーカーの到来を歓迎する。それらの声を手振りで制し、〈ナンバーズ〉の王は言う。

 

「そうだ、そうだ、その通りだ。もう諸君らに待つ時間などは必要ない。今宵、ついに待ちに待った〈賭場(テーブル)〉が開かれるのだから——」

 

 〈ジョーカー〉の視線が〈ナンバーズ〉のひとりひとりを捉えて回った。各々の目には歓喜の灯火とでもいうべき何かがともっている。そのことを確認した〈ジョーカー〉は、口元に薄い笑みを浮かべたものだった。彫像を思わせる美しい顔立ち。炯々(けいけい)と輝く感情なき赤い瞳。火の気のなくなった冷たい灰を思わせる髪の色。そういったあれこれも相俟って、闘争を前に笑みさえ浮かべる〈ジョーカー〉の纏う雰囲気は、悪徳に堕した戦女神とでもいうべきものであった。

 

「諸君ら〈ナンバーズ〉は、様々な理由でここに集結した戦士たちだ。私に付き従い正規のメイドであることをやめた者。正規のメイドとしての公職を追われた者。ここ以外での生き方を知らぬ者。祖国や生家に棄てられた者。社会に居場所をなくした者。貧しさゆえこの道へと堕した者。数奇な運命に導かれた者——ひとくちに〈闇メイド〉とはいっても、出自はまことに様々だ。国や人種さえ異なる者も多いだろう。しかし、我らの願いはただひとつ」

「「「我らの願いは自由を得ること!」」」

 

 〈ナンバーズ〉皆の唱和が、貴族院の大議場を揺るがせる。

 

「諸君らを不自由たらしめるものとは何だ?」

「「「楔(くさび)なり! 我らを縛りしは国家という楔(くさび)なり!」」」

 

 またしても唱和が轟いた。〈ジョーカー〉は「よろしい」とばかりに頷きを返す。

 

「では聞こう。諸君らの楔を解き放つために必要なものは何だ?」

「「「己が全存在を賭けた大闘争なり! 楔を打った者たちを滅ぼすための大闘争なり!」」」

 

 部下たちの声を聞くうち、〈ジョーカー〉の瞳は何かに取り憑かれた者のような趣に変わってゆく。それは他ならぬ、戦に取り憑かれた者の瞳だ。

 

「そう、楔(くさび)だ。諸君らは皆、国家という楔(くさび)に縛られてここに在る。この私でさえも——。しかし、我々は耐えた。かの敵国の領内で雌伏の時を耐えたのだ。すべては楔を解き放つ〈鍵〉を手に入れるため……。今宵、我らが血を流し手に入れたこの〈鍵〉をもって、〈賭場(テーブル)〉はいよいよ開かれるのだ!」

 

 高々と掲げられた〈ジョーカー〉の手には、一冊の写本が握られていた。表紙に何も書かれていない、一見して何の変哲もない、茶色い革張りの写本である。

 

「あれが〈XD(イクス・デー)〉……」

「そう、王国がまるごと吹き飛ぶような代物さ……」

 

 〈ナイン〉と〈テン〉が顔を寄せ合い、小さな声で囁き合う。〈XD(イクス・デー)〉——それこそが〈ナンバーズ〉の切り札であり、また彼女たちの悲願を成就させるための〈鍵〉であった。

 

「さあ諸君。今宵、ついに我々は自由となる……。もはや何者にも邪魔はさせない。〈賭場(テーブル)〉のチップはすべて余すことなく、ひとつ残らず、我々だけのものとなるのだ!」

 

 〈ジョーカー〉の宣言とともに、ついに〈ナンバーズ〉が動き出す。それは国家そのものをチップとした、壮大な『賭け』のはじまりを告げる宣言でもあった。

 

 ~~~

 

「敵の名は〈ナンバーズ〉だ。あのウェストミンスター寺院での一件において、大ドイツの工作員を騙っていた連中の正体だよ」

 

 〈フォルセティ〉の四人、そしてナナたちを目の前にしてアヴリル・メイベル・レディントンは言った。そう告げる彼女の目は、普段の教師然とした目ではもはやない。軍属メイドであった頃の眼光を思わせる鋭い目だった。

 

「モミジとルルが〈協会〉と軍の伝手を辿って調べ上げた。漆黒のメイド服——そして徽章なき〈闇メイド〉。〈エース〉をはじめとしたトランプの図柄を示すコードネーム。線はすぐに繋がった。〈ナンバーズ〉というのはな、〈円卓(サーカス)〉の一角、〈ハート〉直属の、いわば不正規作戦に従事する特殊部隊だ」

 

 〈ハート〉という単語に、シエナ、マリエール、ノフィの三人は「やはり」という顔を浮かべている。〈ハート〉が怪しいと踏んでいたアヴリルの読みは当たっていたのであった。

 

「そうでしたか……であれば、過日の議員暗殺未遂事件の背後にいたのは〈ハート〉だった、というわけですね」

 

 マリエールが冷静沈着そのものといった様子で応じる。アヴリルは頷いた。

 

「〈協会〉はモミジとルルの調査結果をもって〈監視委員会〉にはたらきかけ、〈ハート〉へ捜査の手を伸ばそうとしていたところだった……議員暗殺未遂は大ドイツの脅威を演出し世論を誘導するための策謀だったという証拠を手に入れるためにな。クーデター勃発の報が入ったのは、その矢先のことだ」

 

 執務室内に、重苦しい沈黙がしばし流れた。

 

「ともあれ、ロンドンでクーデターを起こした兵士たちを導いているのは〈ハート〉以下〈ナンバーズ〉の者たちだ。正規軍を相手取り、都市を効率的に制圧する手順を、やつらはこの国の誰よりも熟知している。市街でのゲリラ戦術においては〈王宮〉の衛兵たちでは対処など到底不可能だろう」

「手早く街を封鎖した〈ナンバーズ〉の連中は市内各要所を反乱兵とともに制圧——バッキンガム宮殿や〈円卓(サーカス)〉の庁舎が包囲されているって情報もある」

 

 ノーラ・オブライエンが言葉を継ぐ。すると、シエナがすぐさま質問をした。

 

「敵の狙いは? クーデターってことは、間違いなく王の退位を求めるものだとは思うけれど」

「推察の通りと思われる。だが現時点で入ってきている情報は少ない。ロンドンの軍司令部がやられているいま、各地の指揮系統も混乱をきたしている。動ける我々が、まず動かなければならない状況といえるだろうな。情報の収集も必要だろう」

「ロンドンには〈王宮メイド〉、フィオナとフローラ、それに〈銃殺大隊(バタリオン)〉のメイドたちもいるよね?」

 

 ノフィが問うと、アヴリルは頷く。

 

「市内部と連絡が途絶したいま、彼女たちの奮戦に期待したいところではあるが——」

 

 と、そのときだった。

 

「ちょっとちょっとぉ~、何勝手に話進めようとしてんのよぉ! この爵位持ちの跳ね返り娘ぇ!」

 

 執務室へずかずかと入り込んできたのは、何と〈協会〉トップのモミジであった。今日も今日とて目に鮮やかな深紅の和服を着こなし、腰には合計四本もの日本刀を履いている。まさに臨戦態勢といった出で立ちだ。彼女の背後には従者である〈エスパティエ〉のマージョリーと、元〈闇メイド〉のクリスの二人も待機している。突然の闖入者の存在に、アヴリルは目を丸くした。珍しい反応であった。

 

「〈協会〉トップの認可もなしに〈フォルセティ〉四人を全員動す権限なんてぇ? 与えた覚えはないんですけどぉ?」

 

 モミジはアヴリルの側頭部を両拳でぐりぐりとやりながら意地悪げな顔を浮かべている。これにはさしものアヴリルも「ちょっと、やめてくれませんか!」と抗議する他ないようだった。事実、彼女は〈協会〉の認可を待たずして〈フォルセティ〉とともにロンドンへ向かう腹づもりであったのだ。とはいえ、年長者から頭をぐりぐりされ嫌がっている『レディントン先生』など長い付き合いのなかで見たことすらなかった〈フォルセティ〉の四人は、目を丸くして驚いている様子だった。ノーラなどは口に手を当てて吹き出しそうになるのを堪えている。

 

「——と、まぁ、冗談はこれくらいにして。ロンドンの〈協会〉本部がダウンしているいま、〈協会〉トップとしてできることをしようってコトでね。助太刀に馳せ参じたってワケ」

 

 モミジは一枚の書状を掲げている。そして彼女は、わざとらしい咳払いとともに告げる。

 

「〈王立メイド協会〉名誉会長として組織の正式な認可のもと命じます——王都ロンドンの騒乱を鎮圧し、〈ナンバーズ〉とその関係者全員を逮捕すること。これを任務とし、〈フォルセティ〉には即刻ロンドンへ向かって貰います。いいですね?」

 

 モミジ直々の指令とあっては、是非もない。そういうわけで、〈フォルセティ〉四人は「はい!」と威勢良く応じたのであった。

 

 ~~~

 

 という出来事があったのがいまからおよそ七時間前。ナナは着慣れない戦闘用のメイド服に着替えさせられ、わけもわからぬまま騒乱のさなかにあるロンドンへ連れてこられた次第だった。しかも、〈フォルセティ〉を支援する八人の仮ライセンス保持者のリーダーとして、だ。

 

「いいか。この服は仮ライセンス保持者だけが着ることの許されるものだ。仮ライセンス保持者とて、実戦の場に出れば一人前のメイドと同じと心しておけ。〈フォルセティ〉との訓練で実戦の厳しさを知ったお前たちであれば、この服を着るに値すると信じて支給する。大事にしろ」

 

 ナナたち学科生八人へ新たなメイド服を手渡す際、アヴリルはそう言って皆を激励したものだった。あくまでナナたちは仮ライセンス保持者にすぎないが、学園の制服でない正式なメイド服が支給されるとは、何だか一人前と認められたような気がして、思わず頬が緩んでしまったほどである。アヴリルはナナたちのことをもう入学当初のように「ヒヨッ子」とは呼ばないのだ。改めて、ナナたち八人は気を引き締めて作戦に臨もうと誓い合った。前回のように、〈フォルセティ〉の足手まといになるようなことがあってはならないのだ。

 

「学科生の皆さん合計八人を二人一組(ツーマンセル)の戦術単位へ分割します。ナナさんとニコルさんは私についてきてください。エリザさんとジュリアさんはシエナさんの組(セル)へ。リサさんとユスティーナさんはマリエの組(セル)。リンさんとカエデさんはノフィの組(セル)へお願いします。ロンドンはいまや戦場といっても過言ではありません。ひとりで突出せず、決して味方から離れないようにしてください。いいですね?」

 

 ロンドンへ向かう汽車のなか。市内の地図を広げたルルは手早く作戦を立てて指揮をはじめた。その様子は歴戦のメイドそのものであり、ナナはまたしても憧れを新たにした次第であった。

 そういうわけでナナたちに与えられた任務は、まずもって敵情の偵察であった。三人一組(スリーマンセル)の形態になりつつ市内各所を偵察し、敵の配置を見定める。反乱兵たちに混じり〈ナンバーズ〉が動いているのであれば、彼女たちの動き方も見定めねばならない。

 検問を迂回しつつ、ルル、ナナ、ニコルの組(セル)はイースト・エンドの街中を路地伝いに進んでいる。表の通りでは依然、そこかしこで反乱兵と正規兵が衝突し、その戦闘に武器を手にした民衆たちが加わっている様子である。店先や家々には火がつけられ、夜だというのに辺りはうっすらと明るいほどだ。

 

「反乱兵たちは市内から外へ通じる街道などを占拠し、街を封鎖していましたね……」

 

 表通りの様子を警戒しつつ、ルルが言う。

 

「『合流地点』はもうすぐそこです。急ぎましょう」

 

 反乱兵たちは正規兵との戦闘に夢中で、表通りを横切るルルたちの様子に気づく者はいなかった。そのままロンドン・ドック方面に近づいたあたりで、広場の陰に見知った者たちが現れた。〈フロスト・“ザ・ミラー”・シスターズ〉。姉のフィオナ・フロストと妹のフローラ・フロストである。今日も今日とて、二人はいつも通りのゴシック調の黒いメイド服に、合計二挺の回転式拳銃(リボルバー)を提げたガンベルトを巻いている。

 

「これはこれは、ルル・ラ・シャルロットさんではないですか——」

「そちらにいるのは、確か学科生の——」

「ナナ・ミシェーレです!」

「え、えっと、ニコル・ベイカーです!」

 

 ナナとニコルは揃って姉妹へ挨拶した。二人分からなる品定めするような視線が、ナナを無遠慮に舐め回す。

 

「この子が噂のナナ・ミシェーレ——」

「モミジさんの言っていたことと違いますね——」

「何だかとっても頼りなさげですが——」

 

 どうしたわけか、お互い顔を見合わせひどく落胆したような表情を浮かべる姉妹に、ナナは困惑する他ないのであった。

 

「〈大隊(バタリオン)〉の皆さんは?」

「〈協会〉職員を保護しつつ、地下へ潜伏しております——」

「そして我々姉妹は、偵察の役目を仰せつかった次第——」

 

 ルルの問いに姉妹が応える。と、そのときだった。

 

「ルル・ラ・シャルロットに〈フロスト・“ザ・ミラー”・シスターズ〉! 覚悟ォ!」

 

 その瞬間、ルルが腰の剣を横へ薙いだ。鋭い金属音が響くと同時に、路地の壁へ深々と手裏剣が突き刺さっているのをナナの視界は捉えている。まさに一瞬の出来事であった。

 同時にフロスト姉妹が銃を抜き、声のした方向めがけ一斉に制圧射撃を開始する。凄まじい発砲音とともに、辺りが硝煙の薫りで満たされた。

 

「無駄デス! 私にそんなものは当たりませんヨ!」

 

 ルルたちの目の前に、軍服のようなデザインの服を着た褐色肌の少女が三点着地を決めていた。背中には大振りの日本刀とマスケット銃。その出で立ちは、まるで本物の忍者さながらだ。

 

「暗器使い——ですか」

 

 ルルが呟くと、眼前の忍者少女は不敵な笑みを浮かべて応えた。

 

「いかにも。我こそは〈ナンバーズ〉がひとり。名は〈セブン〉。〈闇メイド〉とは世を忍ぶ仮の姿。しかしてその実態はフーマ一族の技を受け継ぎし忍者なのデス……!」

 

 〈ナンバーズ〉。その単語にナナは思わず反応した。これがあの〈ナンバーズ〉の一員か。近づく気配さえ感じなかった。そしてルルやフロスト姉妹を相手に取ってこの余裕。只者ではないと直観する。

 

「こら〈セブン〉! ひとりで突出するなって言ったでしょうが!」

 

 別の者の声が聞こえた。ナナが声の方に視線をやると、同じく軍服のような黒いメイド服に身を包むアジア系の少女が怒りの形相で〈セブン〉なる忍者の少女を睨んでいた。彼女は素手だ。何の武器すらも持参している様子はない。

 

「いやいや、ゴメンネ〈エイト〉。ルル・ラ・シャルロットと〈フロスト・“ザ・ミラー”・シスターズ〉が目の前にいるのデスから、忍者の血が騒がないわけがありまセン」

「ったく……まぁいいわ。多少時間稼いでくれたし、包囲する手間が省けたから許したげる」

 

 〈エイト〉と呼ばれた少女が指笛を吹く。すると、どこからともなく現れた兵士たちが広場を取り囲む様が視認できた。ナナたちはいつの間にか反乱兵たちに包囲されていたのである。

 

「ルル・ラ・シャルロット。〈フロスト・“ザ・ミラー”・シスターズ〉。あんたらが〈ジョーカー〉の敵になりうるかどうか……私たちが試してあげる」

「いいでしょう——」

「〈数字〉を名乗る敵とあらば——」

「姉様の仇の一味に相違ありませんね——」

「であれば、全力で叩き潰すのみ——」

 

 フロスト姉妹が動く。同時に反乱兵たちも動いた。気勢を上げ、一斉にルルたちめがけて押し寄せてくる。

 

「ナナちゃん! ニコルちゃん! 後ろをお願い!」

「はい!」

 

 ルルの指示にすぐさま応え、ナナは兵士たちと相対する。一方、ルルとフロスト姉妹は〈セブン〉と〈エイト〉と交戦をはじめた。

 まずひとり。ナナは大上段から振るわれる剣を流れるような所作で弾き返し、一撃を返す。またひとり。剣筋が遅い。あのクリスと比べれば雲泥の差であり、避けることなど造作もない。カウンターでいともたやすく押し返す。

 そしてまたひとり、またひとりとナナは兵士たちを撃退する。手に持った剣が異様なまでに軽く感じられるようだった。クリスとの地獄の特訓の成果があらわれている。相手の出方を見、後の先を制す過程は剣術の極意に違いない。しかし、いまのナナには朝飯前だ。あの里では、それほどまでに密度の濃い特訓を行っていたのだ。

 

「ニコちゃん!」

 

 兵士たちに取り囲まれつつあったニコルをナナは後ろへ退避させ、自らが打って出ることで掩護する。小柄な体躯を活かし、兵士たちの間を駈け抜けつつ致命打を放ってゆく。一方の敵は味方の間を素早く動き回るナナを捉えきれない。下手を打てば同士討ちになる恐怖から、むしろ敵の動きは鈍りつつあった。こうなれば、あとはナナの独壇場だ。

「強くなったわね、ナナちゃん!」

 

 ルルと背中合わせの姿勢になりながら、ナナは息を整えつつ首肯する。憧れの相手から認められるというのは、こうも嬉しいものなのかと実感した。素晴らしい気分であった。

 

「強くなるために、いっぱい鍛えて貰いました。これが、わたしのメイド道です!」

 

 ナナは高らかに宣言し、風のごとく敵陣へと突っ込んでゆく——。

 

 ~~~

 

「その写本が、国王陛下の〈罪〉そのものというわけか……」

 

 円卓に座した〈ハート〉が言う。彼の向かい側には、脚を組んだ〈ジョーカー〉以下、〈キング〉、〈クイーン〉、〈ジャック〉が寛いだ姿勢で座っている。〈スペード〉、〈クローバー〉、〈ダイヤ〉の三人は言葉もなく、ただ冷や汗をかきながら〈ハート〉の脇で座しているしかすべはない。この〈合議の間〉を守る精鋭兵たちはみな〈ジョーカー〉たちによって殺されてしまったのだ。クーデターによる混乱のさなか、今後の対処を決めるための会談の最中を襲撃され、もはや逃げ道はどこにもないのだ。〈ジョーカー〉たちが目の前にいるともなればなおさらであった。

 

「大義であった。〈XD(イクス・デー)〉さえあれば、王座を転覆させることなど造作もない」

 

 〈ハート〉は〈ジョーカー〉の持つ革張りの写本を指さして言う。その様子に、口髭の老人——〈円卓(サーカス)〉構成員がひとり、〈スペード〉が言った。

 

「裏切ったな〈ハート〉! まさか貴様がクーデターの主犯だとは!」

「真の大逆者はどちらか考えてからものを言え、〈スペード〉よ。現国王のままでは遠からず国は滅びる。大ドイツの軍縮要求を契機に国は蝕まれてゆき、やがて滅びるは必定とさだめというもの。であれば、少々の荒療治が必要と考えたまでよ」

 

 パイプ煙草をくゆらせながら〈ハート〉は言う。

 

「さて、こやつら三人の処遇は追々決めるとしてだ。まずはその写本——〈XD(イクス・デー)〉を渡して貰おう」

「嫌だ、と言ったら、どうするおつもりです?」

「……何のつもりだ」

 

 底意地の悪い笑みを浮かべた〈ジョーカー〉が言うと、〈ハート〉はにわかに怒気を滲ませたような声音で言った。すると〈ジョーカー〉は一転してすべての表情を引っ込めたかのような真顔になる。

 

「冗談です。いまさら裏切りなどしませんよ。国家に忠誠を誓った身でありますから」

 

 読めない女だ——〈ハート〉は思う。この〈ジョーカー〉という〈闇メイド〉を制御下に置くのに、どれほど細心の注意を払っても払いすぎることはないと思っていたが、しかしこの期に及んでこちらを弄ぶような言動を取るとは。ともあれ、今回のクーデターが成功した暁には、何らかの手段で〈ジョーカー〉配下の〈ナンバーズ〉は処分しなければならないだろう。彼女たちは、〈ハート〉自身にとって都合の悪いことを知りすぎている。と、そのときだった。

 

「ご歓談中失礼するわね——その話、ちょっと私も混ぜては貰えないかしら。答え合わせをしたいことがいくつかあるし」

 

 その場にいる全員が〈合議の間〉の入口へ視線を向ける。そこには目にも鮮やかな赤い和服を着た女、モミジの姿があったのである。〈ジョーカー〉は薄ら寒いほど冷酷な笑顔を浮かべ、モミジに言った。

 

「やあモミジ——久しぶりだな」

 

 モミジもモミジで、〈ジョーカー〉へ向けて笑いかける。

 

「ええ、本当に久しぶりね、シャルル——いまはシャルル・ド・アントリーシュじゃなく、〈ジョーカー〉ってお仲間たちから呼ばれているんだっけ?」

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